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ごちそうの時間です。
2016.06.26 (Sun)
こにゃにゃちわ!
梨子にゃちわ。
夜中なのでなんだか変なテンションですみません(笑)
今日はいつもと趣向を変えて・・・
先にお題から始めてみたいと思います(笑)
Q:「子供の頃の将来の夢は?」
これ、一言で表すのが実は大変難しくて(笑)
うちはお家が歯医者さんだったので、なんとなく漠然と、将来は私も歯医者さんになるんだろうなって思ってました。
おじいちゃんとお父さんが歯医者さんで、お母さんも一緒に働いていて、
だから子供の頃はずっとおばあちゃんと一緒に算数のお勉強をしていました。
(なぜ算数だったのか・・・おかげでいまだに算数が好きです)
患者さんが全然来ない時間ってあんまりなくって、お父さんはずっと患者さんを診ていたから、たまに手が空いたおじいちゃんが裏で遊んでくれたりして。
将来はおじいちゃんと一緒に歯医者さんをしようねって、それはおじいちゃんとの約束で。
私が小学3年生のとき、おじいちゃんが他界してしまって、
私は本当は何がしたかったのか分からなくなってしまった。
だから小学校の卒業アルバムで、
「10年後の自分」というのを書かなきゃいけなかったとき、
私はなぜか「プー太郎になっている」
と書いてしまったので、お母さんが恥ずかしがっていたのをよく覚えています。
(今となってはあながち間違っていない・・・)
空虚な自分の気持ちに、自分自身で気付いていたのかも知れないなと。
改めて思い返したりして。
私はずっと、誰かの望む何かになりたかったんだと思う。
だからもしかしたら、お父さんとお母さんが強く望めば、
私は敷かれたレールに乗って家業を継いでいたんじゃないかなと。
でもお父さんとお母さんは、いつも私の好きにさせてくれて、
私に「何かになること」を望んだりはしなかった。
人の望む何かになること。
敷かれたレールを歩むこと。
それはすごく安易で、でも同じくらい空虚だと、今改めて感じる。
自分で未来を決めて選択すること。
自分で道を切り拓くこと。
それはすごく自由で、でも同じくらい苦しい。
自由にされることは、すごく苦しいことなのだ。
自由を求める人は、同じくらい苦しい思いを味わわなくてはならないと思う。
何が正しく、何が間違っているかは誰にも分からないが、
何かの庇護下を離れ、何かから解き放たれたいと願ったとき、
人は同時に苦難の道を歩まなければならない選択をしているということで。
なぜ急にこんな話をしたかと言うと、
私の憧れのヨーロッパがいま大変なことになっているので
ちょっと気が気でなくてセンチメンタルジャーニーだったのですが、
そんな世の中にあって、
自由に何かを選択させてもらえる今に感謝し、
生きていかなければならないなぁと。
思ったので、今の気持ちを忘れないように書きました。
ちなみにですが・・・
もし過去の自分に会えたら、将来はすごく楽しいよって伝えたいです。
「ごちそうの時間は“今”です。」
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